「東京には空がない」とは、有名な小説の一節だが、BAJAにはある。大きく青い本当の空がある。
天中は、絵の具セットの群青色を原色で塗ったような濃い青だ。そして、地平線にかけては、文字通りのスカイブルーとなる。

バハカリフォルニア半島は、メキシコ本土とコルテス湾で隔てられている。半島の東側に位置するビーチに設けられたRVパークで目覚めると、太平洋側と違った静かな海から昇る朝日を見ることができる。
東の空が白んでくると、波一つない海面すれすれをペリカンがすべる様に飛んで行く。
オレンジ色が強くなり、やがて黄色へと変化して行く部分から強烈に明るい太陽が昇る。すると全てが輝き出し、生命感があふれだす。
小魚の群れを見つけたペリカン達は、そのユーモラスな姿からは想像できないくらいの勢いで矢のように上空からダイブし、のど袋いっぱいにえさを摂る。1羽2羽ではない。絨毯爆撃の様に20羽ほどの群れが次々と羽を折りたたんで落ちて行くと、鏡のように静かな海面が炸裂する。

バハの乾燥した空気は、あらゆる物をくっきりとみせる。雲一つない快晴という日も珍しくない。2つ3つ浮かんでいる雲も真っ白でグレーの部分はない。日中の日差しは容赦なくて照りつけ、その雲までも消し去りそうだ。たまに降る雨も川になる前に乾いた大地に吸い込まれてしまう。
真っ青な空とピンクがかった茶色の大地、そしてサボテンの緑、この三色でバハの絵が描けるといってもいいだろう。
夕方、日が傾くと空は次第にオレンジ色へと変わって行く。半島の中央部は標高こそ低いが南北を貫く容に山脈が続いているので、東側では山に沈む夕日となるが、西側では地平線あるいは、水平線に沈む夕日が見られる。緑のサボテンも、茶色の大地も全てオレンジ色に染まると、その後ろの空からパープルへと色を変える。真っ赤な太陽が大きくなり、目を細めなくても見える頃、濃い紫から夜の闇へと移って行く。
日本では年に何回しか見られない、こんな夕焼けが毎日である。

BAJA1000のレース中は、二輪、四輪あわせて300台ものエントリーがあるが、さすがに1600kmもの距離ともなると、その中盤には隊列もばらけてくる。
また、そのエリアを走行しているライダー、ドライバーのペースもほぼ同じとなるので、前後の間隔が離れていると完全に一人での走行となる。BAJA1000の特徴的なナイトランでは、漆黒の闇の中ただ1人で荒野を走っている錯覚にとらわれ、時に恐怖さえ感じる。ヘッドライトに照らし出される砂の路面状況だけに集中しているが、ギャップで跳ね上げられたり、砂にハンドルをとられた瞬間、ふっと我にかえる。コンセントレーションを保っているつもりだが、見えていなかったり、反応が遅れていたりするのだ。

大きく息を吸ってペースを落とし、少しリラックスしてライディングすると、ヘッドライトの先のさらに上の方で流れ星が飛んで行くのを見ることがある。
そんなときは、とっくに流れ星は消えてしまっているが、思わず3回唱えてしまう。「コケない、コケない、コケない」。
また、人間は欲深いものである。次に流れ星を見たら消えないうちに3回唱えようと考える。「完走、完走、完走」と。
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