南北1700km、幅は狭いところで100kmにも満たない細長いバハ・カリフォルニア半島の中央部は、いくつかの山脈が連なっている。
BAJA1000のスタート地として有名な太平洋岸の港町エンセナダから、150kmほどの南からは、バハ・カリフォルニアで最も標高の高いディアブロ山がそびえ立つサン・ペドロ・マルティル山脈が続いている。
その山脈と、さらに北側の山脈に挟まれた谷の村、トリニダッドから、約40kmのダートロードを上っていくと、バハ・レーサーなら知らない人はいないといわれるほど有名な宿がある。

メキシコ・ハリスコ州にルーツを持つアメリカ人、Mike Leon(マイク・レオン)は、国境の町ティファナでマイクス・ゴーゴーバーなど、いくつかのバーを経営していた。もっと牧歌的な雰囲気の何かをさがし始めていた彼は、1967年、サン・ペドロ・マルティル山脈に続く山麓に数千エーカーの土地を購入し、山上の一件宿Mike’s Sky Ranch(マイクス・スカイランチ)をオープンさせた。

乾燥した砂の大地とは対照的な、カエデや、松の木が生える小高い山の上に建てられた宿だ。舗装された国道から続くダートロードは、次第に高度を上げてゆくが、宿の手前で一気に下りとなる。
下りきると、正面に山脈を源流とするサン・ラファエル川が流れている。バハ・カリフォルニアでは数少ないマスが生息する川の1つであるサン・ラファエル川は、そのまま飲めそうなくらい澄んだ流れだ。
そして、すぐ裏の山からは国立公園にも指定されており、広がる森林には、シカやウサギなどの野生動物が生息し、冬には雪が積もる事もあるという、豊かで変化に富んだ自然の地だ。

マイクス・スカイランチには、そんな自然を求めて、釣り人、ハンター、そしてレーサー達が訪れる。特に、オフロードレーサーにとっては、特別な場所である。
BAJA500やBAJA1000のレースコースとして、マイクス・スカイランチを通るルートが設定される事も多く、70年代半ばからは、チェックポイントが置かれるようになった。レース時は多くのチームがサン・ラファエル川沿いに設けられたキャンプサイトにピットを構え、レース1ヶ月前から出来るプレラン(試走)で、多くのライダー・ドライバーが訪れたり、バハ・ツーリングのルートに組み込まれたり、週末になると30部屋ほどの客室が満室となることもある。
Mike Leon自身、オフロードレースをこよなく愛し、BAJA1000などにドライバーとして参加していた。83年のBAJA1000は、バハバグと呼ばれるワーゲンビートルで、そして85年には、ISUZUのトラックでクラス優勝をしているのだ。
ゼッケン562番がペイントされたバハバグの赤いドアは、今でも宿のバーカウンター後ろの壁に飾られている。そして、おびただしいほどの名刺や、レーシングマシンの写真で埋め尽くされた、バーから続くロビーの壁を見れば、マイクス・スカイランチがどれだけオフローダーに愛されているかすぐにわかるだろう。
マイクス・スカイランチは、山上の一件宿と呼ぶにふさわしく質素な造りであるが、十分な設備で人々を暖かく迎えてくれる。
メインの建物は、バーとロビー、そして6卓ほどのテーブルが並んだ食堂だ。そして中央のプールを取り囲むように「コ」の字型に客室が並ぶ。
標高1200mを越える山に建つロッジの為、電気は通じていない。夜の10時までは自家発電でコンセントもつかえるが、それ以降は、ランプの明かりのみである。また、冬季は0℃を下回ることもあるため、各部屋に暖房が備えられている。キャンプ用バーナーで有名な、コールマンのアンティックな灯油ストーブは、それだけで心温まる。
一泊$50の宿泊料金には、有名な牧場風ステーキの夕食と朝食の料金も含まれている。宿泊以外での食事も可能だが、メニューはブリトーのみ。しかしこれが、美味しい。もちろん冷えたビールも飲める。

残念ながらMike Leon氏は、1990年に交通事故で亡くなってしまったが、マイクス・スカイランチは、彼の息子達に受け継がれ、さらに多くのオフローダー達を惹きつけ、ロビーの壁や天井の名刺は増えつづけている。
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